1秒たりとて同じ川の流れはない。
事故現場も長い年月の経過によりその姿を消す。
平成17年9月8日、魚野川で、高校のカヌー実習に参加した生徒のカヌーが転覆し、その生徒は亡くなった。業者の指導の下での授業であった。
この事故については、海難審判(横浜海難審判庁平成19年6月)及び東京地裁の判決(判例タイムズ1298号227頁)が出ている。
事故の原因は、①ライフジャケットが生徒の身体のサイズと合っておらず、落水して脱げてしまったこと、②カヌー初心者には難しいコースで実習が行われたことが指摘されている。
本件生徒は、落水後にライフジャケットの浮力で一旦浮上したが、その後上流から流れて来たカヌーにぶつかりそうになったため、再び水中に沈み、そのまま流されたという。発見時、ライフジャケットが脱げた身体は水中の流木にスタックした状態であった。
ライフジャケットのサイズについて、警察の着脱実験によれば、亡くなられた生徒と類似体形の女性が椅子に座り両腕を上方に伸ばした姿勢をとった上で、ライフジャケットを上方に引き上げると、ライフジャケットはバックルとベルトが締まったままでも上方に脱げてしまった。同じく、下から引っ張る実験でも下にするりと脱げてしまったという。
これでは、命綱たるライフジャケットは無きに等しい。
他方で、事故現場については、東京地裁の判決によれば、旭橋の下流約900メートル地点にある。
事故現場では、旭橋の直下で約46.5メートルあった川幅が約20メートルにまで狭まっており、川の流れの速度が増して、激しく左岸にぶつかる個所とある。そのため、左岸に沿って約40メートルにわたり消波ブロックが設置されていた。
左岸にぶつかった流れは右方向に曲がっていく。
現場では、当時、他の艇も消波ブロックに衝突しそうになりバランスを崩したり、消波ブロックに衝突して転覆した。
私は、この判例を読むたびに、この事故現場を一度訪れたいと思っていた。
この事故について、事故当時、警察から専門家として意見を訊かれた方がいる。
長野県でカヌーツアーなどを主催している中村昭彦氏である(長野県上水内郡信濃町野尻371-2「一滴 Paddle & Mountain Guide」 https://www.itteki-guide.com/)。
中村氏は、カヌー・カヤック、SUPの安全面をリードしている日本セーフティパドリング協会(JSPA)の理事である。
今回、事故現場を熟知している中村氏に無理なお願いをして事故現場が現在どうなっているか下見に行っていただいた。事故から15年以上も経過しており、私が見に行っても現場を判別する自信はなかったためである。
そうして、中村氏に見に行っていただいた現場であるが、判決で指摘されているような川の形状は姿を消していた。
この写真は、中村氏に撮影いただいた事故現場と推察される場所である。
写真の上が上流であり、上から下への流れである。
左岸(写真右側)への激しい流れも消波ブロックも既にない。
この写真は角度を変えた写真であり、右が上流、流れは右から左への流れである。
左岸(写真左側)には消波ブロックもなければ、左から右へのカーブもない。
中村氏が現地を訪れた際、農作業をされている方がいて話を訊くことができた。その方によれば、ここが事故現場で間違いはないということであり、消波ブロックは随分前に撤去されたということであった。
事故現場は時間の経過とともに姿を消し、事故も忘れ去られていくのかも知れない。
事故は、当事者の方々にとっては思い出したくもない出来事である。
しかし、現在も、川に出て、アウトドアに携わり、日々お客様の命を預かる仕事をしている方々が大勢いる。
そういう方々は、自分で大きな事故を起こしてから悔いるのではなく、過去の事故から学び続けなければならない。ハインリッヒの法則(1:29:300)の1は、決して、自分の事故であってはならない。
川の形状は消えても、判決にはその形状が記録されている。
判決を知り、現場に活かすことは、失われた命を想い、誰かの命をつなぐことである。